思っていたのと違った!というのが感想。
黒人コミュニティーでゲイとして生きる人の生きづらさのようなものに焦点を当てた作品かなと思っていたけど、恋愛映画だった。
主人公シャロンの少年期、青年期、壮年期をその時々のニックネーム「リトル」、「シャロン」、「ブラック」に分けて描く。3章に分かれている感じ。
少年期
薬を売買する危険地域で偶然知り合った薬の売人フアンとその彼女テレサが、子供としてのシャロンを支える存在になる。おそらく子供が自分以外を頼ることへのあてつけだと思うが、母がシャロンに対して言ってはいけないことを言う。
青年期
フアンの忠告があったのに、それに反するかのように過ごしてきた自信なさげなシャロンの姿がそこにはある。相変わらずいじめのターゲット。母は薬に溺れている。テレサを頼ることもできず、途方にくれ、浜辺へ行くと幼い頃から親しくしていたケビンに出会う。この日、ケビンに会ったことでシャロンは本当の自分のことを知ったのではないかと思う。
壮年期
青年期にいろんなことがあり、違う土地で暮らすことになったシャロンはフアンと同じように売人になっていた。虚栄を張るように生きてきた彼は強面の男である。少年時代に母から言われたことは今ではトラウマになっている。それでも母から「あなたを愛してるあなたがそうでなくても」と言われ、心がほぐれていくようだった。テレサと連絡を取り合っていたことがきっかけでケビンと通じることになる。
今にして思うと映像がくらくらしていたシーンはヤク中の視線だったのかもと思った。ひとりの男性が自分のセクシャリティを自覚し、ひとりの男性に好意を抱く。屈強な黒人男性といえども性はその人の性。そんな人にもおこりえる純愛ストーリーだった。