ハイク以上の長文

Haiku!するには長目で躊躇するやつ用。

祖父の戦争

月〜土毎朝楽しく見ている朝ドラ『ひよっこ』。地元茨城が舞台。便乗が下手すぎるとかいろいろ思うところがある。けれどもそれすら茨城らしくて微笑ましい。

今週は主人公みね子の叔父である宗男さんの戦争の話。祖父の体験を聞かされているかのようだと思ってしまった。宗男さんを演じる峯田くんが、あさイチに出演できることを願うばかり。

私の祖父も茨城の人だ。祖父がどの部隊だったのかはわからない*1が、祖父も宗男さんと同じように東南アジアに行かされた一人。ただ、祖父は東南アジアにいた頃、現地の人によくしてもらったんだいう話を母や義理の息子である父に結構頻繁に話したという*2。私も祖父が残した戦争中の写真を見たことがある。オラウータンと映った写真や日本兵の服を着て斜面でお弁当を食べる写真。どれも穏やかな写真で戦争をしているとは思えなかった*3

祖父は稀に中国にいた頃のことを話したたそうだ。その話を聞いた父から「じいちゃん、少し遅ければシベリアだった」と教えられた。祖父がどの隊にいてどういったルートを経たのか私は知らない。

私の知っていることは祖父が軍人恩給を拒否したこと。「自分よりも辛い思いをしている人がいる。だからいらない」と言ったらしい*4。それが正しい選択だとは思わない。けども、祖父にはそういった選択をとるきっかけとなった何かがあったのだろう。

宗男さんの奥さんである滋子さんがあの人が戻ってきてくれたから私は一緒になることができた。子供達も生まれたと言う。戦没した方やシベリアに行かれた方に申し訳ないと思いつつ、我が家も全く同じだ。祖父が帰ってきたから今がある。

私のじいちゃんはちょっと怖い。でも、優しかった。棒アイスを食べたとき、あたりもハズレもないアイスなのに棒を見せろと言って「あたり」って文字を書いて2本目食えと言ったりしてくれた。床に伏しているのに元気付けようとして手をぎゅっと握り、大丈夫と念を送ってくれた。

祖父が亡くなってから20年近くたつ。祖父のお葬式のとき、祖父の実妹が○○ちゃんは戦争に行く前から怖かったのよと、祖父とのエピソードを話した。祖父の沸点があまりに低くく聞きながらみんなで笑った。誰よりも癖のある人だったから誰よりも話題に上がる。

祖父が今生きていたら99歳。新しいものが好きだった祖父が今生きていたらなんて言ったろう。

*1:調べることができるらしいけどちょっと手間なのでやってない。やる気が出てやってみたら追記に書く

*2:幼い頃から南国系の果物を食べることがあった。おいしかったからみんなに食べさせたい。そんな祖父の思いがあったらしい

*3:祖父が亡くなった後、当時の写真なんて誰もいんねぇべと捨てた母を恨む

*4:祖母が後々金銭的に苦労したし、爺さんだって辛い思いしたんだ。貰えるものはもらっとけばよかったと家族で話題に